【3/23.24.25】田起こし〈堆肥散布編〉

東南風のあたたかい風が吹く
晴れ渡った3月23日
広島県安芸太田町の田んぼで
素人達の米作りが始まった

堆 田
肥 起
散 こ
布 し
編  

目次

初めての米作りは軽トラの運転から。まずは堆肥を田んぼまで移動

米作りメンバーの一人である中下さんは、午前1時から午前8時まで魚市場で働いている。仕事を終わらせ、田んぼに到着した頃には昼の12時になっていた。広島県安芸太田町は例年より桜の開花が10日ほど早く、ところどころで色づく山桜が美しい。日射しは暖かいが風が少し冷たいせいで、まだ上着は手放せない。

美味しいお米は土作りから。まずは米作りの一番最初の仕事である「田起こし」をする。田起こしとは、田んぼに堆肥を撒いてからトラクターで耕していく作業である。連日の雨で田んぼが十分に乾いていないため、今日から3日間は田んぼに堆肥を撒く作業を集中して行うことにした。

米が成長する過程で多くの有機物が土壌に必要となる。そのため、前年度で稲刈り後に残った稲株を田んぼにすき込んで腐らせ、堆肥として次の米作りの成長促進に利用するのだ。稲株は田んぼに水を入れる前に十分に腐植させなければならない。腐植が中途半端だと稲の根腐れの原因となるからだ。
稲株を分解するのは微生物だが、その微生物の働きには窒素が必要となる。その窒素分を補うためにある程度の堆肥を撒く必要があるのだ。

今回使用する堆肥はバーク堆肥である。米農家・飯塚のおすすめは完熟牛糞堆肥であるが、たまたま村のバーク堆肥を分けてもらうこととなったため、今年度はそれを使用することになった。

窒素分は1000㎡につき約4kg必要になるという。米作りをする田んぼは600㎡が2枚、900㎡が1枚、合計2100㎡であるため、窒素分は約8kg強必要となる。飯塚に確認したところ、1000㎡につき1トンを目安にしたらいいとの解答を得たため、約2トンの堆肥を撒くことにした。

通常、堆肥は機械で撒くのだが、素人ゆえにそんなハイレベルな機械はない。あるのは軽トラックとテミ(平坦なバスケット状の農具)とシャベルと鎌だけである。

まずは、堆肥を田んぼまで運ばなければならない。堆肥は村の畑の端にこんもりと山になっている。それをシャベルやテミを使って軽トラックの荷台に積み込むのだ。

中下さんと原田は一番大きな四角いシャベルを手に持ち、堆肥の山に突き刺した。突き刺す、突き刺す、突き刺す!……刺さらない!! フカフカだと思っていた堆肥は何故か硬い。男性なら簡単にシャベルで堆肥を掘り出し運べるのだが、女性の力では難しいようだ。

何度か試みるうちに二人はそれぞれ作業のコツを掴んでいく。中下さんは三角のシャベルに持ち替えて堆肥の山を削るように切り出し、原田は鎌で堆肥山を崩す。それぞれのやり方で堆肥を切り崩して、それらをテミに入れて軽トラの荷台へと運ぶ。作業を始めるとすぐに汗が吹き出す。まだ肌寒い気候であるが、中下さんはアウターを脱ぎ、半袖のTシャツ姿になって作業にいそしんだ。

だんだん手慣れてきて順調に堆肥を切り崩す中下さん

若かりし頃の学生時代の部活のような感覚で黙々と積み込んでいく二人。ちなみに中下さんはテニス部、原田は陸上部であった。

堆肥を積む前に、原田は中下さんに軽トラの運転について確認をしていた。

中下さん、軽トラ運転できますか?

免許とったっきりミッションは……(運転してない)

免許あるなら大丈夫ですね!

荷台一杯になるまで堆肥を積み終えた二人は、軽トラックに乗り込んだ。軽トラに積まれた堆肥の山はおよそ300kg~400kg。この堆肥を田んぼまで運ぶのだ。中下さんは運転席、原田は助手席に座る。

——車内に緊張感が走る。なにしろ中下さんはミッションをほとんど運転したことがない。今日が軽トラデビューである。まずはどうやって発進させるか。彼女の前にクラッチの壁が立ちはだかる。

おぼつかない様子でなんとか動き始めた軽トラ。走り出したことに一番驚いているのは運転している本人である。堆肥置き場から米作りを行う田んぼまで距離にするとたった500m程であるが、中下さんにとっては果てしないロングロード。驚きと緊張と楽しさが入り混じり、二人は年甲斐もなくはしゃぎながら田んぼまでたどり着いた。

(この先しばらく、軽トラの運転は中下さん担当にしよう)
そう心に決めた原田であった。


汗もワクワクも止まらない、堆肥撒きに夢中になる大人達

今回米作りを行う田んぼがある場所は、村の中でも一番と言っていいほどロケーションの良い場所だ。
あいにくの悪天候続きにより田んぼはまだところどころ水溜まりがあるため、軽トラックを田んぼの中に入れることもできない。そこで、堆肥をテミで少しずつ運んで人力で撒くこととなった。手作業で田んぼに堆肥を撒くなど、村のお年寄りでも驚くレベルのアナログワークである。

軽トラに積み込んだ堆肥をテミですくい取る。一回にテミにとる堆肥は約2kg~3kg程。軽トラを停めた道路と田んぼの間には石垣があり、足をとられないように慎重に田んぼへ降りる。ずっしりと重いテミを抱えて、田んぼの端から端まで堆肥を撒いていく。田んぼの土はフワフワと柔らかく、普通の道を歩くよりも足の力がいる。それを何往復もするのだ。尋常ではない。

(学生時代に陸上部の合宿で砂浜を何往復もダッシュしたり、メディシンボールの筋トレをした事を考えると何でもない……)そんな事を考えながら、メディシンボールを振り回すかのごとく堆肥の入ったテミを豪快に振り回す原田。その隣で、中下さんが満面の笑みと汗を浮かべながら叫んだ。

「部活じゃ~~~(笑)!」

広がる空に、澄み渡る風。田んぼで威勢よく走り回るは、十代に還ったバリバリの体育会系女子二人。夢中になって体を動かしながら彼女らは思ったこんなに心地よい汗をかいたのはいつぶりだろうか——

ジョギングやジムで体を動かすのも悪くないが、田んぼで汗を流すのも悪くない。むしろ緑豊かな絶好の景色を眺め、山の風を感じ、鳥の囀りを聞きながら土に触れる作業は、都会の喧騒に疲れた体にとってはかなり贅沢な時間ではないだろうか。おまけに米もできてしまう(できるかどうかはまだ分からないが)

米作りを仕事として考えると、楽しいだけでは到底いられない。またよくある農業イベントでは作業の一部のみの体験になるため、体を動かし農業を知ることも中途半端になってしまう。「身を持って知る」こととはほど遠いのだ。

山の桜や景色、火照った体をスッと包む風の心地よさを感じながら、大人が本気で遊ぶ——。この企画だからこそ味わえる感覚がある

サイクリングや登山のように体を動かし、食についての知識を得ることもできる、大人の知的なレジャー。それが「素人達の米作り」である。

中下さんは後日、このような感想を寄せてくれた。
「目の前の山々に咲く桜達が、応援してくれてる。この景色に救われ、励まされ、力がわいてくる。未知の世界の米作り、ワクワクが止まらない!」


米作りの合間に春のご馳走を

作業の合間に菜の花やユキヤナギ、つくし、筍など春の食材を収穫した。広島県安芸太田町の山の奥、春の息吹はあちこちで見られた。思わぬ春のご馳走に、ハードな部活動(堆肥撒き)で引き締まっていた中下部員の頬も緩む。

「こんなご褒美があるなんて!」

米作りの合間に採った食材は持ち帰ってご馳走に


堆肥撒きの3日間を終えて、現れた2人の変化

3月23日、24日、25日の3日間で、田んぼ3枚のうち2枚半に堆肥を撒くことができた。素人の女性二人、しかも人力と考えればなかなか上出来だ。

2日目まではハードワークで体に痛みを覚えた中下さんも、3日目にはすっかり体が慣れて軽快に作業ができたようだ。3日間の米作りは、彼女の体も心も若返らせ、アスリート系農業女子へと変貌させていたのだ。

「お米を作る方法知ってたら、自分の中の生きる保険になりますね。農家の人の事考えたら値段で飛び付けんよぉなる!」

そんな中下さんの言葉に、原田は光明を見た。モノの見方や感じ方を少し変えるきっかけになれば——そう思って始めた「素人達の米作り」だが、中下さんは理解してくれている。

原田もまた、この3日間で実際に体を動かしたことで、新たな発見を得ていた。
昔の日本人、そして今の世の農家の人の忍耐強さは凄いものだと——

明日は残りの堆肥を撒いて、いよいよトラクターの登場である。

(続く)

3月23日
時間:12:00-17:00
人数:2人
内容:堆肥散布
堆肥量:軽トラ2杯分
田んぼ600㎡の2/3

3月24日
時間:7:00-15:00
人数:2人
内容:堆肥散布
堆肥量:軽トラ2杯分
田んぼ600㎡の1/3
田んぼ900㎡の3/4

3月25日
時間:10:00-15:00
人数:2人
内容:堆肥散布
堆肥量:軽トラ2杯分
田んぼ900㎡の1/4
田んぼ600㎡の1/2

【使用した農具】
軽トラック1台
シャベル
手箕


【堆肥】
バーク堆肥

長靴の中がびしょ濡れになるほど汗をかいた二人。そんなアスリート系農業女子の必需品!

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