東京(後編)

餃子事件の5分後、3人は渋谷の裏道を通って寿司の名店「くろ﨑」に到着した。丸に木瓜の紋がついた暖簾をくぐって店内へと入る。中はスッキリとして無駄な装飾がなく、天然氷を入れているという木製扉の冷蔵庫が静かな存在感を放っている。先ずは店主の黒﨑に挨拶と感謝の言葉を述べて、3人はカウンター席に並んで座った。

ここはやはり日本酒で乾杯しようとなり、黒﨑おすすめのお酒を出してもらう。カウンターに色とりどりの涼やかな江戸切子の酒器が並べられた。きんとした佇まいのぐい呑みにお酒が注がれるのを見ると、関西人は東に来た旅情を覚える。

くろ﨑では鮨と酒肴(しゅこう)が交互に出されるスタイルで、その時々で好みに合わせてお酒を提案してくれる。お酒の芳醇な香りに包丁がまな板に触れる音、冷たく深い小鉢から覗く旬、江戸前鮨は鮨種の肌に合わせて米の温かさが変わる。次々に出される料理やお酒に、目も耳もいそがしく何か知らずそれが楽しい。五感総動員で味わう楽しみがある。

鮨とお酒を楽しみながら、飯塚はある異変に気付いた。壺坂がいいペースでお酒を呑み進めているのだ。杜氏の壺坂は実は下戸(げこ)である。しかしながら酒が呑めない杜氏は珍しくはない。壺坂曰く、下戸だからこそ酒の趣向や微妙な味の違いが分かることがあるのだという。とにかく彼は酒蔵以外で酒を呑むことがあまりなく、呑んだとしてもその量は知れている。だがこの日は違った。酒好きの今西や飯塚と同じようなペースで日本酒を楽しんでいるのだ。次々に注がれるお酒をぐいぐいと景気よく呑みほす光景はなかなか見られるものではない。お酒が苦手な人でも、料理とのペアリングや場の雰囲気などで心地よく呑めることは大いにある。くろ﨑独自のリズム感のある演出ともてなしが、壺坂に響いたのであろう。


カウンターに鮮やかな橙色の雲丹(うに)が出された。雲丹はぽってりと丸い形をした、淡い水色の器に盛られている。この器は今西が作陶したものである。

器の淡い水色は染色ではない。燃焼による化学反応で生まれるのだ。同じ土でも焼き方を変えると桜色になるのだという。陶芸家の今西は薪の種類やくべ方、窯内部の器を置く位置などあらゆる条件に気を配って炎を自在に操り、 様々な色を生み出すのである。上品な酒肴と器の佇まいは、いつもよりお酒を美味しく感じさせる。料理と器の取り合わせにも店主のセンスが光る。

数寄屋(すきや)を思わせる和の空間で、五感で楽しむ様々な演出が繰り広げられるくろ﨑。料理と器、季節やもてなす相手など全ての情報を自身に一旦納め、新たな形に創造するのが料理人なのであろう。数奇屋は元を辿れば反骨の粋な精神にも繋がる。くろ﨑の人を惹きつけて止まない個性と魅力の理由の一端が垣間見えたような気がする、そんな夏の夜のひと時であった。

黒﨑の粋なもてなしは三人を陶然たる酔いに誘う。一つよきものよろずよし。良い食と良い酒が生み出す時間は、心も体も満たしてくれる。最後に飯塚が育てた米を手渡し、黒﨑にお礼を述べて彼らは上機嫌で店を出たのであった。

星のない東京の夜空の下、三人はややふらつく足取りも軽く、くろ﨑の余韻を楽しみながら酔歩蹣跚、夜の渋谷をまた歩く。

酒好き達の夜が一軒目で終わるわけもなく、彼らは吸い込まれるようにワインバーへと入っていった。

今西は日本酒好きであるがワインも嗜む。銘々好みのワインを注文し、改めて乾杯をする3人はいい具合に酒が回っていた。

今西は春の土探し以降、播磨日本酒プロジェクトのお酒をいつも気にかけており、くろ﨑のような自分が好む飲食店に紹介していた。成績の良すぎる営業マンのごとし。営業部長とでも呼ばざるを得ない働きである。飯塚と壺坂は陶芸家兼営業部長にただただ感謝しかない。

飯塚と壺坂も酒器作りプロジェクトが始まって以来、少しずつ変わってきていた。夢前の田舎で地味にやってきた酒造りに何かが起こるような気がする。そのためにはプロとして自分達の役目をしっかり果たさなければならない──。

「しっかり良い米作りや。」飯塚に檄(げき)を飛ばす陶芸家兼営業部長・今西。

「押忍!」

暑苦しい返答をする米農家・飯塚。

そして下戸ながら、くろ﨑の余韻でここでも皆と同じようにワインまで嗜む杜氏の壺坂。

酒を酌み交わす度に絆も深まる。三人は酒造り、酒器作りについて無駄に大きな声で熱く語らいながら、夜がな夜っぴて酒を楽しむのであった。

ワインバーを出て3件目の蕎麦

翌朝、壺坂は仕事のため早朝の新幹線で夢前町へと帰っていった。今西もすぐに次の仕事がある。一日余裕のある飯塚は、浅草で観光をしてから帰路に着いたのであった。

浅草観光をする飯塚

(続く)

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播磨の神々

神々が現世に登場する際は厳かに天上から降りてくる──そんなイメージが少なからずともあ るのではないだろうか。日本の国土創世を記した歴史書「古事記」も然り。しかしながら日本最古の地誌と言われる播磨国風土記に登場する神々は、陸伝いに徒歩で、海から船でやって来る。 天上から飛んで来るのはわずか数例。播磨の神々はガッツに溢れた庶民派揃いである。古事記の神と播磨国風土記の神の登場シーンには「自家用ジェット機で空港に降り立つ大富豪」と「自転車で幾日もかけてやってきた夏休みの学生」ぐらいの温度差が感じられる。播磨の神々は威厳こそあるものの、神々しさとはやや縁遠い。その代わりに大地に根を下ろした逞しさと大らかさ、 人と寄り添いともに笑い泣き、汗を流すような人間味に溢れているのだ。

新幹線の普通車で夢前町に戻った飯塚と壺坂。彼らは自家用ジェット機に乗るほどのセレブリティは一ミリも持ち合わせていないが、自らの力で人生を切り開く逞しさとユーモアに満ちた大らかさがある。 播磨の神々が自らの足で大地を踏みしめて歩いて来たように、現代の播磨人達も体を使い知恵を絞って笑いながら、自由闊達に各々の道を歩いていくのであろう。

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