流離いのクリエイター(雪彦山篇 4)

「さあ、そろそろ戻ろか。」

弘がバッグを持って立ち上がり下山の宣告をした。これから登ってきた超急勾配を今度は逆に下りなければならない。登山は登るよりも下る方が神経を使い危険を伴う。一行は山本弘を先頭に登山道を下っていった。

下りの山道でも岡は気になる場所を見つけては撮影をしている。さすがは映像クリエイターである。どんな所でもカメラを離さない。一流のプロは仕事場以外でもその本分が滲み出てしまうものなのかもしれない。六月の田植えの時に陶芸家の今西が田んぼで「苗玉」をこしらえてしまったように、こんな危険な場所でも岡は撮影せずにはいられないのであろう。そんな岡の身に事件は突然起こった。

急勾配の登山道はしっとりと湿った岩石まじりで滑りやすい。ロープを掴みながら慎重に降りていたのだが、平地まであと少しというところで岡が足を踏み外した。

「ワァ────!」

岡は尻餅をつきながらツルツルツルツルッと急な登山道を勢いよく滑り落ちていく!

Seppikosan Oka Ochiru
雪彦山で岡、落ちる。

SOO事件が発生した! それと同時に山中に響き渡る弘と壺坂の笑い声。大変失礼である! 遠路はるばる千葉県からやって来て、こんな険しい山奥に連れ込まれヒルに血を吸われ、あげくのはてには山から落ちて田舎者に爆笑される。都会ではできない貴重な経験であると、ある意味言えようか。

岡は自身の仕事に対する疑問の答えを探すべく全国各地を流離(さすら)っていた。そんな疑問はこの瞬間、修験道雪彦山で清流と一緒に少しばかり落ちて流れてしまったかもしれない。岡よ、はるばる夢前町まで来たにもかかわらず本当に申し訳ない。無礼千万な田舎者達を許してほしい。

そんな散々な目に遭ったにもかかわらず、岡は一向に気にする風もなく一緒に笑いながら三人揃って下山を再開した。一流の男はこんなことぐらいでは動じない。そしてともに険しい山を登っ たことで彼らには不思議な絆が生まれていたようだ。

クマノミズキ

帰りの山道を歩きながら、山本弘は我々に熱い思いを語ってくれた。彼は我々がネット上で何やら情報を発信していることをうっすらと理解している。その発信の場を通して多くの人に自然に興味を持ってもらいたいと考えているのだ。ひいてはそれが自然環境を守ることにも繋がると信じて──。山本弘は山や植物に対する造詣が深いだけではない。それらを守るために彼なりに常に考え行動している「自然を愛する男」なのである。

三人は無事、元の駐車場まで戻ってくることができた。厳密に言うとヒルにやられたり滑ったりで無事ではないのだが、それも田舎ならではの良い体験であろう。

入口の看板で改めて歩いたルートを確認すると、雪彦山の中腹の一部に過ぎないことが分かった。山頂まで行くコースはこれとは比較にならないほど険しい道だという。弘に山頂まで登ることがあるのか聞いてみたところ次のような答えが返ってきた。

「わし(山頂に)上がりとうない、しんどいから。」

弘も音を上げる雪彦登頂登山。古の修験者はこの山で日夜修行に明け暮れていたのであろう。

車に乗り込み、次の目的地へ向かう途中の道で、突然弘が車を停めるように言った。彼は車を降りると川沿いに生えている大きな木へ向かった。そこには秋の山の果実「あけび」が鈴なりに生っていたのだ。

あけびを採って岡に手渡す弘。食べるのは生まれて初めてだと言い、赤みがかっ た薄紫のその実を手に取り喜ぶ岡。素朴な山の甘みは登山で疲れた体を癒してくれた。

(続く)


※雪彦登山は山の専門家・山本の指導の元、雪彦山遭難救助の訓練を受けた地元の壺坂も同行しています。雪彦登山は万全の備えをしてから挑みましょう。

SHARE
  • URLをコピーしました!
目次