接客技術とおもてなしの関係性

春子のちまき寿司

前回はある飲食店のコンセプトと、お客様の求めるものが一致していると高い満足感が得られるよね、という話をした。

どんな話だったか簡単に振り返ると、お店の側はお客様に喜んでいただくためあの手この手の仕掛けを用意している。それらの仕掛けをアスレチックのアトラクションに例えれば、お客様はお店にてそれらのアトラクションをプレーするプレーヤーである。店側はいろいろな仕掛けを作っていて、お客様を満足させるべくして満足させようとしているが、中には難易度が高すぎてアトラクションを楽しめなかったり年齢制限などで挑戦できないこともある。また逆に、あるお客様にとってはアトラクションの難易度が低すぎて全く楽しめない、ということもある。嗜好品という飲食の性質上、それを楽しむ/楽しませるお客様と飲食店の双方に文化的熟練度が必要になってくるよね、という話だった。

今回は飲食店の立場に立って、前回出てきた店側の「熟練度」とおもてなしの関係について考えてみる。

そもそもおもてなしとはどんな意味かを確認するのに、おもてなしを辞書で引いてみると「心を込めて客の世話をする。饗応する。馳走する。」(実用日本語表現辞典)とある。お世話になった方があなたを訪ねてくるような場合を想像すると、文字通り、お客様の滞在中の時間が楽しく充実したものとなるよう「心を込めてお世話する」。Aさん(あなた)がBさんを接待するということだ。自宅に招いたり、観光名所を紹介してまわったり、お気に入りの飲食店へお連れしたり。

また、飲食店がお客様をおもてなしするということは、これもやはりお客様の会食の時間が楽しく充実したものとなるよう「心を込めてお世話する」。店がAさんを接待するわけだ。あなたが当店を贔屓にしてくれているご常連だとして、Bさんはあなたにとって大事なお客様であるから、飲食店にお連れしようと考えれば当店をお使いになるかもしれない。これは当店のような業態だと一番多い利用動機で、店があなたとBさんを接待する構図となる[店→(あなた→B)]。ここで店側からはあなたはホスト、Bさんはゲストと呼ばれる。

さて、上記2つ、つまり個人が個人をもてなす場合と飲食店がお客様をもてなす場合の違いはなんだろう。もちろん答えは、対価が発生するか否かである。お客様は大まかにはお店の料理と接客に対価を支払う。美味しい料理を食べて、お酒を飲み同席した皆との会話を楽しみ最後にお代を支払って帰られる。このとき、料理という商品にはある程度原価と労力がかかっていることは想像しやすい。朝早く市場へ行って、その日のピカイチの食材を仕入れ、これまで修行で培った技術を用いて料理する。では一方で、接客においては何を商品として対価をいただいているのだろう。それが今回のお題ともなっている「接客技術」だと私は考えている。

食事をする場の環境を整えること、これが端的に接客技術を言い表わすのに最も適した表現だろう。前に出過ぎず後ろに引きすぎず、ちょうど良い距離感でお客様のご要望を少し先取りして動く。こういうことができるためには観察力・注意力・想像力が必要になってくる。それらが足りなかったがために起こる失敗例をいくつか見てみよう。

  • ゲストが店に先に着いてしまった場合、それに気が付かず下座にご案内してしまう。
  • ホストとゲストの区別がついておらず、ゲストにお会計を請求してしまう。
  • 男女でご来店の明らかにご夫婦でないお客様の女性に、何も考えずに奥様と声をかける。
  • 予算を気にしながら場を仕切っている幹事を無視してゲストに注文を伺いに行く。

などなど、注意深く観察してお客様の立場に立てば回避できる失敗である。そしてこれらのミスは感じの悪さを強く印象付ける。逆に失敗しなかった場合でも「接客が素晴らしいね」とはならない。ストレスなくお過ごしいただけるだけだ。接客を考える時はこれも重要なポイントだと思う。空調が適温に設定されている、おしぼりの温度がちょうど良い、料理と料理の間隔が適当である、なども当たり前だけどなくてはならない「環境」だ。

また、観察力・注意力・想像力はお客様にだけ向けられるものではない。折敷や箸、箸置きなどのカトラリーやそれらの整然とした配置など基本的なことから、料理人と同等の食材や調理法の知識、日本酒・ワイン・焼酎・ビールなどの飲料についての知識と理解、最低限これだけの知識とそれを実践できる能力が必要だ。これらもいくつか失敗例を挙げると、

  • 料理について尋ねられて答えられない
  • 料理のおすすめができない(アラカルト業態)
  • 飲み物を正しく作れない(ハイボールを攪拌しすぎて炭酸が抜けている、など)
  • 日本酒・ワインが適温でない
  • 飲料の扱いが適当でない(例:古いヴィンテージのワインを雑に扱い澱だらけのボトルを提供する)

など、これらも店の稚拙さを強く印象付ける。

色々とネガティヴな例をたくさん挙げたが、店へ出かけて行ってこうした接客をされる機会はそれほど多くないのではないか。だとすれば、皆様の通われているお店は対価を払うに値する素晴らしい接客技術をお持ちだと言うことだ。

飲食店の接客は接客だけで対価をもらう商売ではないため見えづらくなっているが、積み上げてきた知識を繰り返し実践することによって行動に落とし込むことができる高度な技術を持った専門職である。

飲食店のおもてなしにはこうした接客技術が不可欠であることがお分かりいただけると思う。

お客様を「心を込めてお世話する」ことは気持ちだけではどうにもならない。飲食人(※)はこのことをよく知っているので、お客様に喜んで頂きたいという欲求を満たすために、日々の積み上げを怠らないのである。

※飲食に関わる全ての人のことを指す造語

〈著者〉
紀風
店主 / 城田澄風

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