科学教育について【実践! 小学生の自由研究】

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学校の勉強では科学の正しいイメージが掴めない

私は理系の大学から大学院へと進学して科学者になった。高校で理系を選択して以降、それなりに力を入れて大学受験に向けた理科の勉強をした。

こうした勉強をすると、身の回りの様々な現象が教科書に記載されている法則によってはっきりと説明できることに気が付く。「世界がわかる」というこの感覚は、まさに勉強することの醍醐味であり、それを提供してくれる理科の勉強が好きになった(数学は苦手なので最後まで嫌いだった)。

そのようなわけで、大学に入学する頃には、私の中で「科学」は何か不動の信頼を寄せる対象になっていた。ところが、大学院で実際に研究を始めた途端、この手堅いイメージはガラガラと音を立てて崩れた。科学とは「数値化できる経験だけを扱う」という極端な方法の名前に過ぎず、使い手が未熟だと非常に脆い出力しか得られない、手堅さではなく「危うさ」を強く感じさせる代物であった。

理科が好きで、一生懸命勉強してきたつもりだったのに、なぜこうも間違ったイメージを抱いてしまったのだろう?

それは恐らく、受験勉強では「科学によって明らかになった法則の使い方を理解する」ことが主眼であるためである。これをいくら一生懸命やっても、科学の正しいイメージはつかめない。科学というのは、その法則を明らかにした方法の名前なのだから。車を運転しているだけでは、車を発明するイメージがつかめないのと同じである。しかし、どんなに小さなものであっても試行錯誤を繰り返して発明した経験をもてば、あらゆる発明の過程に対するなんとなくのイメージがつかめるだろう。

過程のイメージを掴むためには、その過程を実践するしかない。たった一度だけよい。科学を実践してみれば、科学の良さも悪さもなんとなくわかるはずだ。そうすれば、科学的な情報と健全に向き合うのに十分な認識を自分の中に備えることが出来ると思う。

実践科学の自由研究

科学は、その気になれば一般家庭で普通に実践することができる。なにせ科学は、「測定できる経験だけを扱う方法の名前」に過ぎないのだから。私は小中学生の自由研究が最適な機会だと考えており、この稿を読んだ親御さんには是非ともお子さんと一緒に一度実践してみて欲しいと思っている。科学の危うさも奥深さも、はっきりと感じることが出来るはずだ。

例えば、植物の成長を観察する次のようなテーマはどうだろう?

問い:「大きい種から発芽した芽の方が速く育つ」という仮説を検証しなさい。

この仮説は、大雑把に言えば、種の大きさを測って、その後の成長を記録するだけで検証できる。一見簡単そうだが、具体的に考えてみると、そう簡単ではない(というか難しい)。私には子供がいないので、以下、小学4年生になる友人の子供と一緒に取り組むことを想像して、過程を記述してみる。

まず、扱う植物の種類を決めなければならない。そこで、その子に何が良いか聞いてみる。小学生といえば「アサガオ」を挙げるのではないだろうか。私も小学生らしくて良いと思う。が、ここで思いとどまる。「そういえば、アサガオは蔓性であった。その長さを測るのは間違いなく骨が折れる」という心の声が聞こえる。そこで、その子を優しく諭して「ヒマワリ」に変更させるだろう。ヒマワリなら真っすぐに伸びるのでメジャーで簡単に高さが計れるはずだ。
*研究しやすい対象を研究する

次に、種の大きさをどう定義するかを決めなければならない。私の経験上、最も無難なのは重さである(大きさだと、どこの長さを測るのか、投映面積を測るのか、それとも体積を測るのかなどを考えなくてはならない)。

そこで、家にある測りで重さを測ってみる。すると、ヒマワリの種は軽すぎて、家のはかりでは全てが0gになってしまうことに気が付く。

そこで重さは諦めて、特定の箇所の長さを測ることにする。なぜなら、体積や投映面積を測るのは骨が折れるからだ。ヒマワリの種は細長いので縦方向に最も長い箇所の長さを測ることにする。「横方向の最も長い箇所も計ったほうがよいのでは?あるいは周囲の長さを測ったほうが良いかも」という心の声が聞こえてくる。しかし、まぁ、遊びの研究だからそこまで手間をかけなくても良いだろうと黙殺する。
*計測しやすい、もしくは測定可能な項目だけを計測する

次に調べる種の数である。いくつの種について関係を調べるか、というのは研究の質に直結する重大な判断である。

例えば、2つの種だけで実験をして、2つのうち大きい方の種から発芽した芽の方が速く育ったからと言って、「大きい種から発芽した芽の方が速く育つ」と主張しても誰も納得しないだろう。「たまたま」かもしれないからだ。

偶然による誤差を小さくするには、種の数が多いほうが良い。しかし、数を増やすと手間がかかって大変である。そこで、今回は6個体とする。6個体あれば、ある程度説得力のある解釈ができるだろう。

さて、これをどう育てるか?理想的には6個の植木鉢に一粒ずつ植えるのが良いが(個体が互いに干渉する影響を除外するため)、大変だから今回はプランターを2つ使って3粒ずつ植えることに決める。

その時に、大きな種と小さな種が互い違いになるように注意して植えよう。つまり、一つのプランターは『長・短・長』で、もう一つは『短・長・短』。もしも、『長・長・長』と『短・短・短』で植えてしまうと、たとえ2つのプランターでハッキリした差が出ても、それはプランターを置いた微妙な場所の違いによる影響である可能性が否定できなくなってしまうから。

また、小さなプランターで花が咲くまで大きく育てることはできないし、あまり大きく育つと個体どうしが干渉してしまうだろうから、今回は植えてから10日後までの成長を調べることにしよう。何より、実験期間が延びると体力的に大変である。
*実験個体数、実験設定、実験期間の妥協:数を増やせば、植木鉢を個体ごとにわければ、あるいは実験期間を延長すれば別の関係が観察されるかもしれない。

最後に、植えてからの測定項目である。まず、発芽するまでの時間は調べた方が良い。ずっと見ているわけにはいかないから、一日に2回、7時と19時に観察するのはどうだろうか。発芽後は、メジャーで毎朝7時に根本からてっぺんまでの高さを植えてから10日後まで測定する

*観察頻度の妥協:もっと観察頻度を上げていれば、微妙な差が検出できたかもしれない。また、いつを発芽と定義するかも人によって変わりそうである。例えば、私は種の上の土が盛り上がってきたら、たとえ芽が見えてなくても発芽したと記録するかもしれない。しかし、友人の息子はしっかりと芽が見えるまでは発芽と記録せず、私たちの間で発芽のタイミングが半日ほどズレるかもしれない。

さぁ、これで計画は立った。あとはこの通りに実験をして結果を待つだけである。

小学生向け「大きい種から発芽した芽の方が速く育つか?」という研究

  1. ひまわりの種を用意する(6個)
  2. ひまわりの種の縦方向の長さを測る
  3. プランターを2つ使って3粒ずつ植える。この時、大きな種と小さな種が互い違いになるように植える。一つのプランターは『長・短・長』、もう一つは『短・長・短』となるように。
  4. 発芽するまでは、午前7時と午後7時に観察する。
  5. 発芽後は、午前7時にメジャーで根元からてっぺんまでの高さを測る。植えてから10日後まで計測する。

科学の危うさを知ってこそ、科学と健全に向き合える

いかがだろうか。もしも私が仕事としてこの実験を行うのであれば、もっと手間をかける。具体的には、実験個体数を増やして個体ごとに別々の植木鉢を使って実験期間も伸ばすだろう。あるいは、仮説を拡張して「花の大きさや最終的に作られる種の数」まで調べるかもしれない。

とはいえ、本質は何も変わらない。ただ、仕事の方が「頑張る」だけである。実験しやすい対象を扱う、測定しやすい或いは手持ちの装置で測定可能な項目だけを測定する、観察者によって微妙に変わりそうな「発芽のタイミング」などの測定項目がある、という事情は変わらない。

これらが科学の危うさだ。

アサガオでは全然違う結果が得られるかもしれない、重さを測っていれば違う傾向が観察されたかもしれない、私とあなたでは全く違う時点を「発芽のタイミング」と見なすかもしれない。

テレビで紹介されるような成果を挙げた研究であっても、実は同質の危うさが潜んでいる。この点を、身をもって体験していれば、科学に対して正しい接し方をすることができるようになるのではないだろうか。

この実験の結果がどのようなものになるのか、私は知らない。しかし、実際に実験を行えば、毎日の個体ごとの背丈というデータが得られる。横軸に植えてからの日数を、縦軸に植物の背丈を取った折れ線グラフでも書ければ十分に科学の力も実感できるはずだ。

もしも、「大きな種から発芽した芽の方が速く育つ」ということが明らかになれば、では花の大きさはどうだろう?花びらの枚数は?最終的に作られる種の数や大きさも変わってくるのだろうか?というように、次の疑問も湧いてくるはずだ。

いずれにせよ、この実験を一度だけでも行った子とそうでない子とでは、科学に対する理解に雲泥の違いが生じることは間違いない。きちんとした科学観を持つのに、大学院生になるまで待つ必要はない。

おわりに

ここで記述した実験デザインは、あくまで「私ならこんな感じにするかな」という程度のもので、たたき台として使用してもらえればと考えています。一番大切なのは子供が主体的に取り組むことなので、実際にこの研究を行う場合には、その子の主体性を尊重して対象とする植物や、測定項目・測定方法をアレンジして欲しいと思います。

例えば、私が面倒だからと退けた「アサガオ」の提案も、紐を使って蔓の長さを測定する工夫をすれば受け入れられるはずです。器機の測定精度が不足したために諦めた「種の重さ」も小数点1ケタまで測れる料理用の精密はかりを購入すれば測れるでしょう(肉の塩分濃度にこだわりのあるお父さんはこの機会に購入しても良いかもしれません)。

こうした工夫を考える過程にこそ、科学研究の醍醐味が詰まっているので、どうかそれぞれのお子さんの個性を尊重したオリジナルの実験を行って欲しいと考えています。

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