人・モノ・命を学ぶ、淡路島レザー体験授業
兵庫県の瀬戸内海に浮かぶ淡路島。島の中央より少し南にある八木地区は、畜産が盛んな地域です。この地区にある兵庫県南あわじ市立八木小学校5年生のクラスでは、地元の淡路牛を教材にした学習に取り組んでいます。授業を企画したのは担任の浜田啓久(はまだよしひさ)先生。これまで子ども達と、淡路牛を使った調理実習や試食会、PR動画作り等を行なってきました。
今回、浜田先生のクラスで、淡路牛から作られた「淡路島レザー」を使った体験授業が行われるということで、その様子を取材してきました。
兵庫県・淡路島の牛と革について
ブランド牛のルーツ「淡路牛」とは
水も空気もおいしい自然豊かな淡路島は、昔から農水畜産業が盛んな地域です。食材が豊富に得られることから、古くは朝廷に様々な食べ物を納めてきた御食国(みけつくに)でした。中でも畜産業を代表する淡路牛は世界中で活躍しています。人気のブランド牛「神戸ビーフ」や「特産松坂牛」の約65%は淡路島で育てられたもの。淡路島は海外でも評価の高いおいしい牛肉を育てる、一大産地なのです。
革の生産量日本一を誇る兵庫県
革の生産量が日本で一番多い地域は兵庫県。特に成牛革は全国生産量の約70%が兵庫県産です。兵庫の革の歴史は古く、弥生時代から革の生産が行われていたと言われています。皮革業が盛んな兵庫県の姫路市とたつの市には大小様々な皮革工場が集まり、伝統の技術を受け継いでいます。近年では、高い技術と品質の良さが広く認められ、海外でも高い評価を受けています。
淡路島で育てた牛の皮を使い
兵庫県のタンナーがなめした
「淡路島レザー」
淡路島レザーは淡路島で育てた牛を兵庫県でなめした、淡路島特産の革です。私たちが牛肉を食べるには、当然牛を殺さなければいけません。大切な命。肉だけでなく、皮も無駄なく「生かし」、淡路島の風土を感じながらレザーアイテムを楽しんでもらうために、淡路島レザーは生まれました。一般的なレザーアイテムは、どこで生まれ育った牛の革を使っているのかわかりませんが、淡路島レザーには生産者がわかるように「トレーサビリティ(牛の個体識別番号)」がついています。淡路島で育てられ、兵庫県でなめされた淡路島レザーは、淡路島・兵庫県の人々の技術力と思い、歴史と風土が込められた唯一無二のレザーです。
淡路島レザーを使った体験授業
八木小学校5年生の「淡路島レザー体験授業」は、2021年12月6日、小学校の図工室で行われました。淡路島レザーについて子ども達に教えるのは、島内でレザーアイテムを製作をしている作家の丸林さん(Marubayashi)と井上さん(Ci CRAFT)です。
まずは、革と淡路島レザーについて作家の丸林さんからお話を聞きます。
お話が終わると、次は淡路島レザーを使ったクラフト体験。自分の好きな革や金具等を使ってオリジナルのキーホルダーを作ります。
材料選び。好きな革や金具を選びます。
牛の形がわかる大きな革に、自分の手でハサミを入れて切っていきます。
牛の足のところの革!元々生きていた物なので、その名残が見られます。
穴を開けたり自分のイニシャルの刻印を押したり、思い思いの形が出来上がっていきます。
わからない事や難しい作業は、革作家の先生二人が教えてくれます。
それぞれに工夫をこらしたオリジナリティ溢れる作品が完成しました。中には革にもともと付いていた傷や足の形を生かしたクールなキーホルダーも。どれもこれも個性が光る面白い作品ばかりです。
最後に、自分達が使った牛の皮のトレーサビリティ(牛の個体識別番号)をもらいます。淡路島レザーはこの番号で、淡路島のどこで誰が育てた牛であるかが分かるようになっているのです。
教室の後ろには色々な動物の革を展示してありました。ぞうやダチョウ、ラクダ、ヘビなど様々な動物の革があることに、子ども達は興味津々で見たり触ったりしていました。
浜田先生が子ども達に伝えたい事
浜田先生は、淡路島牛を使った体験授業を通して、子ども達に学んで欲しいことがあると言います。
地域の人やモノとの出会い、地域の一員として自分にできること、そして命の大切さ。
それらを学ぶには、実際に人に会って話を聞き、モノを見て触って食べて、五感を使う直接的な「体験」が必要です。そこから共感が生まれ、はじめてモノや人、命と向きあうことができます。教科書や動画、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)など二次的体験では到底ムリだと先生は考え、肌で感じられる「直接的体験」を授業で積極的に取り入れているのです。
今の子ども達は家族と先生以外の大人との交流が極端に少なくなっています。一昔前であれば子ども達は学校から帰る途中、近所の人から「おかえり」と言われて地域に迎えられていました。家族以外にも、普段から話したり笑ったり怒ったりしてくれる「地域の親」が身近にいたのです。ところが今では「こんにちは」と挨拶すればいいほうで、近所の人は名前を知らない、話もしたことがないという状況も珍しくありません。浜田先生はそのような「地域の親の不在」を危惧しているのです。
目指すゴールは、子ども達に「おかえり」と言ってくれる「地域の親」がたくさんいる社会作りだと、先生はにこやかに、力強く語ってくれました。
取材を終えて
現代は色々なモノが簡単に手に入る反面、モノとモノ、モノと人との繋がりが分かりにくくなっています。スーパーで並んでいる食材などを見ることはあっても、その食材がどこで誰がどのように作ったのか詳細までは分かりません。
生産地域と生産者の顔などが食材にシールで貼り付けてあったところで、実感としては全くピンときません。食材の実体が分からないため、「魚が切り身の状態で海を泳いでいる」と信じている子ども達も出てくるほどです。
肉や魚、野菜などの食材は全て命あるもの。しかし、食材の本質が分からないままでは「命をいただいている」ことを実感することはできません。また、目の前にあるモノが、どんな人がどれだけの時間と労力をかけて、思いを込めて出来たモノかなど到底わかり得ないことです。
モノの本質が分からないままでは、人やモノ、命に対する感謝が実感として湧き上がってくるはずもありません。これが今の現状であり、未来を担う子ども達に深刻な影響を与えているのです。
淡路島レザーの人とモノ、命を学ぶ体験授業。そして、教育問題の根幹を見据え子ども達と向きあい続ける浜田先生の思いや行動力に触れ、リアルな経験を実践している教育現場に立ち会えた貴重な一日でした。
レザー作家の丸林さん、井上さん、浜田先生、そして八木小学校の皆さん、ありがとうございました。
Marubayashi
Ci CRAFT
淡路島レザー