はじめに
「ワティ・ニンタカ(トカゲ男)が寝転んで体をこすりつけたので、この湖ができました。」
オーストラリアの先住民族にはこのような天地創造の物語が伝わっています。「ドリーミング・ストーリー」と英訳されるこれらの物語は、単なる「神話」ではありません。なぜ自分たちがここに存在しているのか、生きていく上で大切なルールやお手本、地図としてなど、文字を持たなかった彼らは、物語として何万年も語り伝えてきました。
農家をやろうと決めた時、祖父がいくつかの野菜の種を分けてくれました。大玉に育ったものを選んで種を残してきたというマクワウリや、畑のすみでいいから植えておけと言われた強健に育つ菜っ葉などです。それがきっかけで種に興味を持つようになりました。
種には必ず物語がくっついてきます。ある家のおばあさんが嫁入りの時に種を渡され、以降、嫁ぎ先で子や孫に食べさせるため大事に育ててきた菜っ葉があったり、江戸時代から銀山で働く労働者の冬場の栄養にと残されてきたネギがあったり、昔から、どこか遠くで種を残してくれた人がいて、その人たちのおかげで今日も自分は食べることができ、命をつなぐことができるのだと、ああそうか、先住民族のような大事な物語が自分たちにもあるのだと気づきました。「豊かさとは何か」を知りたくてオーストラリアまで行きましたが、自分たちが生きていくのに大切なものが、実は近くの小さな祖父の畑にあったのだと気づくことができました。
先住民族の物語は想像力を膨らませて聞かなければなりません。作物を育てるにも想像力が必要です。今日の食卓に並んだ食べ物の道のりにも想像力を働かせて「いただきます」と食べて欲しいと思います。それはとても楽しいことだと思います。
これから作物やその種にまつわる物語を少しずつでも紹介できたらと思います。どうぞよろしくお願いします。
〈著者〉
有機農園ばんごんじんじい
代表 / 神﨑一馬
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