流離いのクリエイター(交流篇 2)

「乾杯ー!」

衣笠の掛け声とともに宴が始まった。衣笠は夢前町で大規模農場を経営している夢前夢工房の社長である。若手の農家育成にも力を入れており、飯塚と小山内も彼の元で修行を積んだのち独立している。衣笠は自分が育てた飯塚と小山内が、町内で日本酒造りなど農業を通じた様々な取り組みを行っていることに喜び、この日も応援も兼ねて駆けつけたのだ。

岡に自己紹介をしながら会話が弾む中、漁師の小林がお土産にと小瓶を皆に差し出した。小林が商品開発をした坊勢島の漁師特製「このわた」である。

魚を知り尽くした漁師だからこそできる調理法があるのだという。坊勢の海鼠(なまこ)を漁後、すぐに生簀(いけす)に放ってじっくり砂を履かせ、丁寧に処理をした後に内臓を塩漬けにする。そうすることで上品な海の香り漂う洗練されたこのわたに仕上がるのだ。坊勢の漁師が作ったこのわたは日本酒と抜群に合う。小林が振舞うこのわたに酒好き達は歓声をあげて喜び、酒の友とした。

酒好きの今西を筆頭に酒の瓶が景気良く空いていく。そして話題は何故か歴史講話が始まる前の温泉での出来事になった。温泉に入ったのは岡、壺坂、山本、飯塚、そして遅れてやってきた今西である。実はあの時、男湯で「サンピア湯けむり事件」が発生していたのである。

宴会場で料理とお酒を存分に楽しんだ一行。食事を終えたところで衣笠と山本、福岡は岡に別れを告げて帰路に就いた。

酒好き達の夜はまだまだ終わらない。一次会で終わるわけがない。残ったメンバーは日本酒の瓶を抱えて足取りも軽やかにサンピアのカラオケルームへと移動するのであった。


「皆様お食事はゆっくりお召し上がりいただけたかと思います。場所を変えて改めて懇親を深めていただこうと思います。それでは改めて、乾杯!」

高山の場に不釣り合いな真面目な挨拶を皮切りに、酒呑み共の二次会が始まった。テーブルの上には日本酒、ビール、焼酎、小山内果樹園の葡萄に山本が採ったあけびが並ぶ。そしてカラオ ケルームに集まったのはクリエイティブディレクター、陶芸家、米農家、杜氏、ホテルマン、葡萄農家、漁師──飲食物も人員もカオスである。この日の宴会は岡を歓迎するために開催されたはずであるが、周りのキャラが濃すぎて岡が目立たず甚だ始末が悪い。岡よ、はるばる千葉から来ていただいたにもかかわらず周囲の者共が騒がしくて申し訳ない。

「ほんで岡ちゃん、今日どんな感じやったん?」

今西が日本酒の入ったグラスを片手に岡に話しかけた。岡と壺坂は撮影した画像を見せながら雪彦登山の様子を報告する。

「岡さんにはホンマ大変な目に遭わせてもぉたんですよ。」

壺坂がそう言いながら一枚の画像を今西に見せた。それはこの日の雪彦山のゴール地点、絶景の渓流で撮った岡の写真である。それを見た瞬間、今西は岡に向かってツッコんだ。

「お前は情熱大陸か!」

「なんやねん、この顔!」 壺坂の渓流での奇跡の変顔の一枚にもツッコむ今西。

そこで田植えの時に撮影したベリーショートパンツの陶芸家画像を披露すると、満場一致で爆笑をかっさらい、今西は日本酒片手にソワソワと体をくねらせた。

この日は九月二十七日、ちょうどインスタグラムでは「酒米の田植え篇」が始まったばかりの頃であった。(注:この物語は2018年当時、インスタグラムで連載をしていました。)

陶芸家のベリーショートパンツ画像は明後日にはインスタグラムで投稿予定である旨を伝えると、今西はさっと顔色を変え、並々とお酒が入ったグラス片手に抗議した。

「やめてくれ!」

しかしながら田植えの時の今西の画像は全てこのベリーショートパンツである。どの場面を切り取っても大胆に露出した生足は隠しようもなく、そもそもこの衣装で登場したのは今西本人である。そう説明すると今西は納得したようなしていないような顔で「お、おぉぅ、そうか。」と呟き、播磨古今を一口呑んだ。了解したようである。

今日一日、夢前でめまぐるしい体験をした岡は何を思っただろうか。日本全国はては海外へも赴き、各地を流離(さすら)いながら自身の仕事を見つめ直していた彼は、土地土地で様々な感動を覚えることがあったであろう。おそらくそんな感動の旅とは正反対の夢前喜劇旅行であったと推測される。残念ながら、岡の高尚な悩みは夢前で解決することはない。今もカラオケルームでさんざんイジられている岡は、標準語でこう言った。

「(こんなにイジられることは)関東じゃ見られない事象ですよ!(笑)」

そんな折に小山内と前田の会話が聞こえきた。小山内は二十代の若手農家、前田は五十過ぎのベテラン漁師である。親子ほども年が違う二人であるが、前田が焼酎片手に小山内に何かしら助言をしているらしい。具体的な話の内容は分からないが、長年海の荒波と戦い続けた前田は、人生の先輩として次のようなことを語っていた。

「人生頑張ってたら笑える時もある。」

その隣では、もう一人の漁師・小林が葡萄とあけびを手にしながら下ネタを発表し、今西は浴衣がはだけて下着がちらりと露見している。岡よ、本当に申し訳ない。

いつものように酒好き達は夜更けまで酒を呑み、カラオケルームを出てからは今西の部屋に集まり、良夜を惜しめとばかりに明け方まで酒を酌み交わすのであった。

(続く)

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