新酒お披露目会

桜の木が若葉を装い、軒下にはツバメが居場所を求めて飛び交うようになった4月13日、壺坂酒造の酒蔵で、播磨日本酒プロジェクトの新酒お披露目会が行われた。

お披露目会には坊勢島の漁師・小林と前田が鮮魚を手に島からやって来ていた。前田は壺坂酒造の台所で魚を煮付け、小林は自身が商品化した「干がれいの出汁」をお土産にと壺坂に手渡した。

魚を煮付ける漁師の前田

飯塚はぬかくどでご飯を炊き、小山内と神﨑は台所と会場を行き来して準備にせわしない。また、姫路駅前に鮨店を構える鮨ふじ井の大将・藤井が、前田から譲り受けたヒラメで前日から昆布シメを用意し、当日も愛車のハーレーに乗って酒蔵まで準備に駆けつけた。

藤井はヒラメの昆布シメを切り分けて見た目も華やかに皿へと盛り付ける。そして仕事を終えるやいなや、会に参加することもなくハーレーの重低音を唸らせ颯爽と帰っていく。その後ろ姿は粋な男の極みであった。


4回目となるお披露目会には、小澤を始めとした田植えや稲刈りでともに汗を流したお馴染みのメンバーはもちろんのこと、初めての参加者も多く酒蔵内は活気に溢れていた。

食事の前には壺坂の案内による酒蔵見学が行われた。今年の酒蔵見学は例年になく熱が入ったようで壺坂の語りはとどまるところを知らず、蔵の中は杜氏の熱い思いで満ち満ちていた。


見学を終えて酒蔵から戻ってきた一同は、料理とお酒が用意されているテーブルに着き、待ちに待った新酒を注ぎ合った。皆は飯塚と壺坂の掛け声とともに、酒器を高々と持ち上げて呼應(こおう)一〇〇年で乾杯をした。

田植えで泥だらけになった素足に当たる側溝の水の爽やかさ、汗をかいた後の炊きたてご飯の美味しさ、稲刈りをしながら交わした何気ない話や青空の下で呑み交わした熱燗。そして酒造りを通して出会えた仲間と今日の日を迎えられたこと。この一年間の思い出を語らいながら仲間と呑む酒は最高である。播磨古今と愛山の新酒も存分に用意されており、その傍らには夢前の土で作られた酒器もある。播磨の魚と旬野菜と米、そして播磨の酒器とともに、仲間達は心ゆくまで新酒を愉しむのであった。

播磨国風土記には「庭音の村で干し飯にカビが生え、酒を醸して宴会をした」と記された一文がある。日本最古の醸造の記述であり、播磨が日本酒発祥の地といわれる由縁である。この庭音の村だったとされる庭田神社で近年、麹菌と酵母が発見された。この麹菌と酵母、そして播磨で育てた愛山を使い、播磨の酒蔵で醸したお酒が播磨古今である。播磨古今のラベルには播磨日本酒プロジェクトの酒造りに込められた思いが記されている。

古も今もかはらぬ世の中に
こころのたねをのこす米の香

昔も今も変わらない良いものが時を超えて今の世で巡り会い、ともに米から酒を造り、酌み交わす。その酒によって作られた思い出が心の種を残してくれる。

壺坂は酒造りに対して人一倍強いこだわりを持っており、自分が造った酒がどのようなシーンで呑まれるのかについても彼なりの思いはあった。だが、酒器作りを始めてからこの一年でそれがより一層明確になったようである。

酒器作りを通して多くの人とともに過ごし、自分の造った酒が色々な場所で酒器で温度で、色々な立場の人に呑まれる様を見るうちに彼は思うようになった。壺坂酒造の酒は嬉しい日も悲しい日も何気ない日常にも、日本酒を愛する人にとって良き友のように常に暮らしに寄り添う酒でありたいと──。

料理人の城田は「壺坂酒造のお酒は丸い」と評価し、その言葉に嬉しそうに壺坂は答えた。
「そこ(丸い味わい)を目指してるんです!」

壺坂の酒造りの思いやこだわりが今以上に研ぎ澄まされて、一つも二つも大きく進化した酒が出来上がることを仲間達は期待している。この一年で大きく成長した彼はその期待を受け取め、次の春にはまた見事な酒を我々に見せてくれるであろう。


飯塚は「農業」という仕事を確立させたい、と常々考えていた。農業は地味でキツく儲からない、 そんなイメージが先行し、また残念なことに実際このイメージは大きく外れてはいない。子ども達が将来なりたい職業といえば野球選手や医者、ユーチューバーなど華やかな職種が並ぶが「将来農家になりたい!」と思えるぐらいに農業という職種を世間に知ってもらい、確立させることを彼は使命と感じているのだ。

飯塚はこの一年の活動を通してある手応えを得ていた。酒米を通して農家が表に出ることで農業の魅力と重要性を広く伝える一つの手段になるのではないかと──。

酒器作りを通して多くの人と関わることで刺激を受け、一筋の光明を見出したようであった。日本の農業を根底から支え 大きく変えるために、彼はまた新たなる一歩を踏み出すのだ。

杜氏として農業者として腕を持ちながらまだまだ未熟な飯塚と壺坂であるが、彼らは己の人生をかけて業を全うするため、時につまづき笑いながら、米作り、酒造りに邁進していくであろう。

そして陶芸に人生を捧げてきた今西の酒器作りもまだ終わらない。播磨人に並ぶほど個性が強く、確固たる信念を持って作陶をする彼は、己の納得がいくまで酒器作りに挑み続けるであろう。 丹波では夢前の土が今西の手によって新たな命を吹き込まれるのを今か今かと待ち続け、窯の火は燃え続けるのである。

日本最古の地誌と言われる播磨国風土記。奈良時代に編纂されたこの書物には播磨の風土や神話が記載されている。そこに登場する播磨の神々は、神々しさや雅な品格にはやや縁遠いが、大地に根を下ろした逞しさと大らかさ、人と寄り添いともに笑い泣き、汗を流すような厚い人間味に溢れている。ユーモアにも満ちた播磨の神々の血は、現代の播磨人達にも脈々と受け継がれているのだ。


古(いにしえ)は単に過ぎ去った時のことではない。古と今は密に繋がり、「今」という時の中に「古」は
生き生きと息づいているのである。

この物語は、播磨日本酒プロジェクトのメンバー、酒器作りに関わり活動を応援してくれた 方々、インスタグラムの読者の皆様、夢前町の先人達、そして太古に播磨で活躍した神々──。 場を超え時を超えて多くの人々がともに作り上げた、ノンフィクションストーリーである。

〈完〉

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