収穫

秋の夢前町は、稲穂が金色に輝き頭を重く垂らしている。10月3日、壺坂酒造には大勢の人が訪れていた。吉備国際大学の協力を仰ぎ、壺坂酒造の酒母(しゅぼ)造りが行われる酒蔵の2階で酵母菌採取が行われたのである。

蔵の柱や梁、土壁、百年前に酒造りに使用されていた道具など、酵母菌が見つかりそうな箇所を綿棒で丁寧に拭き取っていく。酒蔵で採取された菌は兵庫県南あわじ市の吉備国際大学南あわじキャンパスに持ち帰られ、シャーレ培地に植えて恒温庫へ入れられた。ここから壺坂酒造の蔵付き酵母菌を探し出して採取するのである。江戸時代から世紀を超えて棲み着いている酵母菌が採れることを祈って、ここから先は吉備国際大学に任せることとなった。

吉備国際大学南あわじキャンパス

播磨日本酒プロジェクトの酒米も順調に育ち、ついに収穫の時期を迎えた。この年は大雨や台風など災害が続いたが、心配されていた酒米・辨慶(べんけい)は、米作りのプロである飯塚が見事に育てあげたのだ。


飯塚は若い頃、大阪でアパレルや土木で働く、いわゆる「フラフラした若者」であった。そんな彼は24歳の時に目に重症を負い、一年間の入院生活を余儀なくされる。治療中に健康な体作りの大切さを実感した飯塚。何よりも、これまで自炊を一切せずにコンビニのおにぎりばかり食べていた彼は、規則正しい食生活でお米の旨さに改めて気づき、それがきっかけで農業の世界へと飛び込んだのである。

飯塚はお米の美味しさと体のことを考えて、無農薬、有機肥料で米を作り、それは「プレミアムヒノヒカリ」として、いまや東京の一流料亭でも使われるほどの人気商品となっている。 しかし飯塚は考える。確かに無農薬で作れば安全安心だが、日本全体の農業を考えると非効率すぎる。輸入に頼らず日本の米で日本の食を支えるためには生産性も経営も重視しなければならない。無農薬、有機肥料栽培だけにこだわるのではなく慣行農業を含めた多角的な生産が必要だ。 何よりも米の美味しさを伝え、もっと一般の人に農業に興味をもってもらいたい、それが日本の 農が業として見直されることに繋がるのではないか──そのような信念を持って米作りに取り組んでいるのだ。

酒が好きで度々呑み過ぎては酔い潰れる飯塚であるが、米作りに関しては確固たる思いを持つ農業者である。

2018年10月28日、空澄み渡る秋晴れの日曜日に、播磨日本酒プロジェクトのメンバーが夢前町の田んぼに集合した。酒造りの仲間達の手によって酒米の収穫が行われたのである。

青空の下、鎌を手に持ち金色の稲を次々と刈り取っていく。刈り取った稲は束にして、木を組んで作った稲架(はざ)に掛けていく。このまま天日と風で乾燥させるのだ。酒米作りも今年で四年目。皆慣れた手付きでどんどん束にしては稲架へと運んでいく。稲の束を飯塚が受け取り、順に掛けていくとあっという間に稲架はいっぱいになる。刈り取られた後の田土を踏みしめ子どもたちは走り回る。収穫は喜びの時である。

稲刈り後は毎年恒例、田んぼで熱燗である。稲を刈ってさっぱりとした田の真ん中で、酒好きの仲間と青空を肴に呑む熱燗は、ここでしか味わえない格別な旨さがあるのだ。

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