今西公彦展(1)

冬山から風とともに冷気が里に降ろされ、壺坂酒造では酒の仕込みに慌ただしい日々が続いている。一方、播磨日本酒プロジェクトの面々は夢前を離れ、愛媛県西条市のギャラリーラボに来ていた。1月19日、このギャラリーでこれから一週間、今西の個展が開催されるのである。

登場人物紹介

ギャラリーラボは、全国の陶芸家の作品を選りすぐり独自の視点と方針で紹介する、陶芸界では知る人ぞ知る本格派陶磁ギャラリーである。月に一回程度ギャラリーラボが推薦する作家の企画展を行っているが、今回は今西の個展が開催されるのだ。個展初日となるこの日は、夕方から「今西公彦展『酒器と酒の会』」が行われる。例年、個展開催初日は作家の器や酒器を使って作家と一緒にお酒や食事を楽しむ会が開かれるのだが、今回は今西の意向により播磨の酒と食材を提供することになった。そこで、播磨日本酒プロジェクトのメンバー達が食材を持ってギャラリーラボへ押しかける事態となったのである。

ギャラリーに出向いたのは、今西と飯塚、小山内、漁師の前田、野菜農家の神﨑である。神﨑は夢前町の隣の香寺町で「有機農園ばんごんじんじい」を営む農家である。彼は飯塚と親交が深く、播磨日本酒プロジェクトのイベントではスタッフとして毎回参加しており、今回も野菜を提供するだけでなく自ら応援に駆けつけてくれたのだ。壺坂は酒造り真っ最中のために行くことは叶わず、お酒だけを届けることとなった。

兵庫県から食材を積んだ車に乗って出発した一行は、瀬戸大橋を渡り午後3時頃に愛媛県のギャラリーラボへ到着した。食材をギャラリーの台所へ運び込んだ彼らは、早速仕事に取り掛かった。今西は個展に来廊した方の応対、その他の者は今宵の料理の準備である。飯塚と小山内、前田、神﨑はギャラリーの奥にある台所で各々が持ってきた自慢の食材を広げた。飯塚は米、前田は魚、神﨑は冬野菜を持ってきていた。ほとんどの料理は前もって仕込んできたのだが、米は直前に「ぬかくど」で炊き、魚はここで捌いて刺身や唐揚げ、煮付けにするのである。

前田は漁の腕前もさることながら、料理の手並みも上級である。使い込んだ刺身包丁を取り出し、自ら獲った魚を慣れた手つきであっという間に綺麗な刺身にする。魚の煮付けは小豆島産の少し甘めの醤油のみで味を付けるのが坊勢流。鮮度のいい魚を使い、魚の特徴を知り尽くした漁師だからこそできる調理法である。漁師が作る贅沢な逸品はどれも最高に旨く、お酒のお供として最高である。

魚を捌く漁師・前田

野菜農家の神﨑が作る野菜は有機を取得しており、安心して食べられるのはもちろんのこと、その味の良さに定評がある。無農薬、有機肥料栽培だからといって誰もが美味しい野菜を作れるわけではない。作物には作る人の人柄や想いが見事に現れるものなのだ。神﨑の作る野菜はどれも味が濃く、旨味と深みがあり、大地のような温かさが感じられる魅力あふれる野菜ばかりである。

彼の畑には平家大根、市川ナス、香寺青大豆など珍しい野菜が育っている。神﨑は地域に受け継がれる伝統野菜に魅せられ、その種を継承する数少ない農家でもあるのだ。

「伝統野菜はどれも奥深い物語と美味しさを持っている」と神﨑は言う。800年前に平家の落ち武者が持ち込み、 隠れ里で育て続けたと言われる平家大根。ひいおばあさんが嫁入の時に種を渡され今では100年以上の歴史がある菜っ葉──。伝統野菜にはこのように一つひとつ物語があり、彼はそれを種とともに受け継いでいる。神﨑の話はとても魅力に溢れ、それ故「伝統野菜の語り部」とも呼ばれているのだ。どこかで誰かが繋いでくれた種と物語を次の世代に繋いでいくことに、彼は農家として信念と愛情を持って取り組んでいるのである。

神﨑は体に良い野菜を作るだけでなく、それらを料って食する事も大切であると考え、野菜料理についての知識も持ち合わせている。今回も青大豆、赤大豆で作った自家製味噌を持参していた。これをディップにして生野菜に添えると豆の風味豊かな美味しい前菜となる。

野菜農家・神﨑

葡萄農家の小山内は葡萄のシーズンが終わってしまい持ち寄る食材がないのだが、彼は農業研修時代に長年レストラン厨房でバイトをしていた経験を見込まれて調理担当である。慣れた手つきで鍋を扱い台所を忙しく動き回っている。

そして米農家の飯塚──彼は炊飯担当であるが、米を炊くにはまだ時間が早すぎる。炊飯以外に特に料理ができるわけでもない彼は、意味もなく台所をあっちへウロウロこっちへウロウロとしては何かしら手伝っているフリをしている。

いそがしく働く漁師・前田(右)とウロウロする米農家・飯塚(左)

農業や漁業を生業とする男達は職業柄体格がいい。ギャラリーの奥で筋肉質な男達が厨房の面積を狭めながらいそいそと宴の用意をする間にも、ギャラリーには続々と今宵のお客様が来廊していた。

ギャラリーラボは陶芸界では知る人ぞ知る陶磁ギャラリーである。そこの顧客ともなれば目の肥えた通人ばかりであるのだが、はたして播磨の酒と食を気に入っていただけるのであろうか。

(続く)

ギャラリーラボ

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