今西公彦展(2)

午後6時になるとギャラリー内は多くの人で賑わっていた。会場であるギャラリーのテーブルには、色も形も材質も年代も異なるたくさんの酒器が並べられた。この中から好きな物を一つ選 んで、今宵のマイ酒器とするのである。どれもギャラリーラボがお薦めする作家物や骨董であり、 お客様は興味深げに酒器を手にしながら今宵の友を選んでいった。

お気に入りの酒器に好きなお酒を注いで、今西の乾杯の合図とともに「今西公彦展『酒器と酒 の会』」が始まった。

先ず初めに出された料理はお粥である。このお粥は夢前町にある塩田温泉・上山旅館で提供しているものである。300年以上の歴史を誇る塩田温泉は炭酸重曹弱食塩泉で胃腸や神経痛などに良いとされ、この湯を使って作られた「湯壺がゆ」は江戸時代から湯治客に親しまれている。

前日に上山旅館の社長・上山洋一郎自ら湯本から汲み上げた温泉水と米を、葡萄農家の小山内がギャラリーの台所でじっくりと炊き上げたのである。わずかに翡翠の色味がかったこのお粥は、お酒の前に少し口にすると胃を優しく癒してくれる。食前粥にもかかわらず好評につきおかわりする人が後を絶たないほど人気であった。

坊勢島の新鮮な赤舌(あかした)は前田がぷりっぷりの刺身にして、活きのいい小太海老はからりと揚げて小高く盛り付けた。神﨑の冬野菜を使った煮物に白和え。ぬか漬けは切り口を揃えて素材ごとに品よく並ぶ。坊勢島の小林が商品化した透き通るように上品な味わいのこのわたは最高の酒の友となる。

この日のために壺坂酒造の杜氏・壺坂が用意したお酒は、播磨古今、大吟醸雪彦山、純米吟醸雪彦山無ろ過原酒、しぼりたて金壺、社長の隠し酒の5種類である。その中の一つ、しぼりたて金壺はアルコール度数が20度あり、あまり流通しないが地元のファンは多く、壺坂酒造の売れ筋上位商品である。

このお酒と相性がいいのが壺坂酒造から徒歩3分のところにある石井精肉店の猪肉である。猪肉といえば獣臭いイメージがあるが、石井精肉店の猪肉に限ってはその常識は当てはまらない。石井によると猪肉は鮮度が重要で、仕留めてすぐに処理を施して冷凍することで、臭みがなく上等な肉質を保てるのだという。

猪肉の定番は味噌仕立てのぼたん鍋であるが、その理由は味噌で猪肉のクセや臭みを和らげるためである。しかし石井精肉店の猪肉は臭みがないため焼肉にしても美味しく食べられるのだ。関西で三本の指に入るこの猪肉専門店にはファンが多く、名店・食通がこぞって買いに来るほどである。

この日は店主・石井の隠し肴である猪のすね肉を用意した。一頭から約200グラムしか取れない夢前産猪のすね肉は柔らかく、塩胡椒だけで焼肉にすると美味である。箸が止まらない。

古くから壺坂と付き合いのある石井はこう語る。
「壺坂さんとこの酒とウチの猪はベストマッチ!」

テーブルには次々と播磨の食材で作った料理が並べられていく。これらの料理を盛り付けるためにギャラリーラボが用意した器は、大正時代の塗りの椀や江戸時代の絵付け皿、室町時代の大皿など骨董も非常に多く、多岐に渡る。器の素材や当時の生成方法によって、水分の多い料理、油を使った料理など盛り付けるに相応しいものがそれぞれ異なる。年月を経た骨董は、時代ごとに火や水、油をくぐり抜けてきたのであろう。手で触れると現代物にはない僅かなぬくもりが感じられるのである。

播磨のご馳走を盛り付けたお皿は、テーブルに置くとまたたく間になくなっていく。料理を肴にお酒も進み、徳利がテーブルの上を飛ぶように行き交う。

宴のテーブルに播磨日本酒プロジェクトの面々も入り、農家や漁師、それぞれの立場から食材への想いをお客様に熱く語った。海の男・前田の漁の話や、伝統野菜の語り部である神﨑の話に耳を傾けながら彼らの用意した料理を 口にすると、それらの味もまた鮮やかに感じる。

次々に出される料理とお酒、そしてそれらを品よく演出する器の数々に、皆は箸をとり、盃を傾けながら楽しむのであった。

その様子を少し離れたテーブルから他人事のように眺めている男がいた。今宵の主役・今西である。孤高の陶芸家である彼は、一人寡黙に会を温かく見守るつもりなのであろうか。否、そうなるはずはない。なぜなら彼は、酒を呑んでいる──。

このわたや魚の煮付けは今西自ら各席へ配って回ったが、お皿はすぐに空となる。肴を取り分けながらもお客様にお酒を勧められては快く呑み、そしてまた注がれる今西。テーブルを渡り歩くうちに今西の顔は心地よくゆるみ、話ぶりも饒舌になっていった。

壺坂が用意したお酒は何升も空になり、注ぎ注がれ、また瓶が空く。一升瓶から上等の徳利に酒を入れるももどかしく、しかしながら徳利からぐい呑みへと注ぐが酒呑の花。酔ってゆるんだ手指は酒を少量テーブルにこぼすことがあれども、そんな些細なことはノープロブレム。

空になった酒瓶が増えるほどにその場も心も温まる。来廊のお客様、ギャラリーラボのスタッフ、播磨日本酒プロジェクトのメンバー、そして陶芸家の今西。交流を深めるうちに、節度を守りながらも お互いの立場の垣根をゆるやかに越える瞬間がある。器と酒と料理と人が生み出す、穏やかに心通わすひと時であった。

宴も終盤に差し掛かった頃、飯塚の炊きたてご飯が登場した。お釜の蓋を開けるとふうわりとお米のいい香りが辺りに漂う。そのご飯の前では、もはやもてなす側ももてなされる側も関係ない。お椀片手にお釜の前でおかわりをしながら、皆で炊きたてのご飯を存分に味わったのであった。

皆がご飯を夢中になってかき込む頃、今宵の主役である孤高の陶芸家・今西は、ぐい呑みを新 妻のごとく片時も離さない陽気な陶芸家にシフトチェンジしていた。同じくお酒を存分に楽しん でいる飯塚と肩を組み、満面の笑顔でこの時を楽しんでいたのであった。

人生は楽しきかな。お酒と食と器と人、全ては呼応し響き合い、生きる力となり、思い出の種となる。

深夜12時、「今西公彦展『酒器と酒の会』」は終わりを告げた。皆お腹も心も大満足で、笑顔で挨拶を交わしながら夜道を帰っていく。お客様とギャラリーラボのスタッフの皆様に喜んでい ただけたことが我々の何よりの収穫であった。

お客様を見送った後は全員で片付けである。しかしながら飯塚と今西の姿が見当たらない。

ふと外を見ると、うつろな目をした飯塚がギャラリー玄関前で力なくしゃがみ込んでいる。そして 陶芸家の今西は、きちんとダウンジャケットを着て自分のバッグを両手に持ち、きれいに帰り支 度をしてギャラリーの片隅に首をかくりとうな垂れて座り込んでいた。その姿は、燃え尽きて真っ白になった昭和の名作漫画のボクサーのようであった。

我々は初めて見た。
自分の個展でこんなに呑んで、楽しんで、
燃え尽きてしまった陶芸家を。

瀬戸内海に浮かぶ坊勢島には「打ち上げ」という漁師言葉がある。通常、打ち上げとは事業が 終わった後の宴のことを指したりするのだが、荒くれ者の酒豪が揃う坊勢島では意味が異なる。
「翌日、浜に打ち上がるまで徹底的に酒を呑み倒すこと」を坊勢島の漁師は「打ち上げ」と言うのだ。

今西公彦展初日、今西と飯塚は見事に打ち上がったのであった。

(続く)

壺坂酒造

ギャラリーラボ

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