五色浜の蛸漁

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瀬戸内海の夏の旬・蛸

夏になると瀬戸内海では蛸(たこ)漁が盛んに行われるようになる。瀬戸内海域は栄養豊富で魚介類が数多く棲息し、蛸の餌となる蟹や海老、貝もたくさんいる。豊富な餌を食べて育った蛸は身が柔らかくぷりぷりとした食感があり、甘みがあるのが特長。関西では鱧(はも)と並ぶ夏の人気食材である。

淡路島の蛸漁の歴史は古く、島にある弥生時代の船木遺跡からは古代の蛸壺が多数発見されている。海底に沈んでいた古代の蛸壺が漁師網にかかって発見されることもあるほど、蛸漁は古くから盛んに行われていたのだ。

関西では「麦藁蛸に祭鱧」という言葉がある通り、昔から夏の蛸と鱧が好まれてきた。淡路島は朝廷の食べ物を献上していた御食国。冷蔵や冷凍など保存技術がないその昔、生きたまま遠方まで運べる蛸と鱧は貴重な魚介類だったのだ。今でも京都の祇園祭などでは、瀬戸内海の蛸と鱧は欠かせない海のご馳走となっている。

淡路島で採れるのはマダコと呼ばれる一般的な食用蛸。重さは平均1kg前後で、大きいものは4kgにもなる。岩礁や砂泥地に棲息し、蟹や海老、貝などを食べて成長する。産卵期は初夏から秋まで。冬になると太平洋へ南下し、春になるとまた戻ってくるのだという。

淡路島の五色浜では、この夏も蛸漁が盛んに行われている。


鳥飼漁港にて、蛸漁から戻ってきた船

五色浜の蛸漁

五色浜・鳥飼漁港の大橋水産では、初夏から秋まで蛸漁を行っている。蛸漁の日は朝が早い。鰆(さわら)漁よりやや小ぶりの船に乗り込んで、朝7時頃に港を出る。

蛸の捕り方は色々あるが、五色浜の漁師は蛸壺または篭(カゴ)を海に沈めて、蛸を中におびき寄せて捕獲する。蛸壺は餌を入れないため捕れ高は篭と比べてやや劣るが、メンテナンスがしやすいという利点がある。籠は中に小魚など蛸が好む餌を入れて仕掛けるので蛸が入る可能性がぐんと上がるが、餌代が必要だったりメンテナンスに手間がかかるという短所がある。それぞれ一長一短があり、漁師は得意な仕掛けを選んで漁をするのだ。大橋水産では昔から蛸壺を使って漁を行っている。

港を出ると、蛸壺を仕掛けた漁場へ向かう。海の中は砂地が広がっている場所や、岩礁がつらなっている場所、小石だらけの場所など、地上と同じで場所によって様々な景色がある。蛸は天敵から身を守るため普段は岩の隙間や穴に潜み、餌を探しに小石や砂地の多い場所等に出てくるのだという。そういった「蛸がたくさん棲み着いていそうな場所」を狙って漁師は蛸壺を仕掛けるのだ。蛸は狭く暗い穴があると身を隠したり産卵のために中に潜り込む習性がある。蛸壺はその習性をうまく利用した漁方なのである。

しかしながら、素人目には海上から見る海はただの海。海の底に岩があるとか砂があるとか、いくら目を凝らして見てもさっぱり分からない。そこは漁師の経験がモノを言う。漁師歴50年以上のベテラン漁師・大橋盛夫さん(71歳)は、五色の海底の様子を大方把握しており、時期によって変化する蛸の動きを読み取って蛸壺を仕掛けていく。

盛夫さん曰く、小石の多い場所や岩礁には蟹や海老や貝がたくさん棲み着いており、それを餌にするため蛸の味が美味いのだという。逆に沖の深いところにいる蛸は荒波にもまれて筋肉質になるようだ。同じ蛸でも少しの環境の変化によって味が変わってくるらしい。

蛸壺には一つ一つロープがつけられており、それをメインの長いロープに繋げる。13.5m間隔で壺を100個括り付けたものが「1筋」となる。大橋水産では45筋を海に仕掛け、1日に10筋前後を引き上げて中に入っている蛸を捕まえる。蛸を捕って空になった壺はその場ですぐにまた海に放り込む。捕獲と仕掛けを同時に行うのだ。数日後には別の10筋を引き上げてまた仕掛ける。蛸漁期間はそれを順に繰り返して漁を行うのである。

蛸壺の素材は扱いやすいプラスチック製であるが、盛夫さん(71歳)の若かりし頃は全て陶製の素焼きだったという。プラスチックの蛸壺の底には紐を通す穴があり、仕掛け作りが簡単にできるようになっているが、素焼きの壺には穴はない。ただの壺である。海中で紐が外れないようにしっかりと括り付けなければならないが、その結び方には技術が必要で、下手に結ぶと紐が外れたり壺が割れたりする。若かりし頃の盛夫さんは壺に紐を括る作業が苦手だったらしい。何年かかけてやっと上手く結べるようになった頃に、便利なプラスチック製蛸壺が登場したのだという。ほろ苦い思い出である。

海底に沈められた蛸壺の引き上げ作業は、船に備え付けられた機械によって行われる。水しぶきを上げながらモーターで引き上げられた蛸壺を船上で素早く受け止め、蛸が入っていたら捕獲して船内の生簀(いけす)に入れ、空になった壺はすぐに海に放り込む。漁師は引き上げられた瞬間の壺の様子で、中を覗くまでもなく蛸が入っているかどうかがわかるのだという。次々と引き上げられていく蛸壺を、漁師達は不安定に揺れる船上を物ともせずリズミカルにさばいていく。

撮影:大橋水産

壺の中にいる蛸はすぐに出たらいいのだが、吸盤でしがみついてなかなか出てこないしぶとい奴もいる。そういう蛸には急所である目と目の間を棒で突くとするっと出てくるのだという。文章にすると簡単だが、壺の底にへばりついている蛸などどこに目があるかさっぱりわからないし、突きすぎると怒ってなおさら出てこないという悪循環におちいってしまう。蛸を壺から出す技術も必要になってくるのだ。蛸に塩や醤油をかけて驚いたところを引っ張り出すという技もあるが、やりすぎると塩気で足が痛んでしまうらしい。

撮影:大橋水産

稀に1つの壺で2匹捕れることがある。1匹は壺の中に、もう1匹は壺の外にへばりついており、これは中に入っているのがメスで外にいるのがオスなのだという。繁殖期の蛸ならではの行動で、たいがいは壺が海上に出たところで外にへばりついていたオスは逃げてしまう。それを上手く逃げないように引き上げるのが漁師の腕の見せ所。1つの壺で2匹捕れたら一人前の証だと、ベテラン漁師の盛夫さんは言う。盛夫さんの若い頃は、引き上げた瞬間に逃げた蛸を追いかけて海に飛び込み、自らの腕に蛸を絡みつかせて捕獲するワイルドな漁師もいたようだ。

蛸壺の中の蛸は石を抱えていることもある。盛夫さんは引き上げた壺の中に入っている石や砂を見て海底の様子を想像し、その積み重ねで五色浜全体の海底の様子が分かるようになったのだという。盛夫さんが漁に出る回数は昔に比べると減っているが、経験で培った知識は今、娘夫婦である宏樹さんと純子さんに引き継がれている。

船内の生簀には蛸がたくさん(撮影:大橋水産)

捕れた蛸は船内の生簀(いけす)に入れていくが、その中には緑の葉をつけた木の枝も一緒に入れられている。漁師が「バベの木」と呼ぶこの植物はどんぐりがなるウバメガシで、これを生簀に入れておくと蛸の隠れ場所になり蛸同士の喧嘩を防ぐことができるのだという。入れておかないと強い蛸が弱い蛸に襲い掛かって傷がついてしまい商品にならないのだ。

バベの木を入れられた船内の生簀

朝7時頃に鳥飼漁港を出発して、港に帰ってくるのは昼の12時頃。港に着くと、すぐに港内の組合へ出荷する。取材をしたこの日の蛸の捕獲量は約50kg。蛸は大きさと状態によって大(1kg以上)、中(500g〜1kg未満)、小(300〜500g未満)、足切れ(傷のついた蛸)に分けられる。中サイズが味としては一番美味しく、大サイズは寿司ネタにしやすいサイズであるため、寿司店を中心に売られていく。

船内の生簀に手を入れ、手際よく蛸を仕分けするのは、大橋水産代表の宏樹さんと、宏樹さんの義母・まり子さん(69歳)。海から揚げたばかりの蛸は力強い。8本の足を振り回し、水しぶきを上げて暴れるが、宏樹さんとまり子さんは慣れた手つきで手早くカゴに入れていく。

大橋水産代表の大橋宏樹さん
鳥飼漁業組合で出荷作業
この日の鳥飼漁港は蛸が大漁。大きな蛸は海の生簀へ。

夏から秋へ。季節とともに生きる漁師の言葉。

「蛸壺にカキが生えてくるんや。こうなったら蛸が入ってくる。」と盛夫さんは言う。カキの繁殖は水温が高くなった証拠で、気温が上昇すると蛸がよく捕れるのだ。初夏から夏にかけて麦の収穫と重なるこの時期に捕れる蛸を「麦藁蛸」という。

晩夏から秋にかけては本格的な産卵シーズンに入り、メスは産卵場所を求めて壷に入るようになる。この時期の蛸は「秋だこ」と呼ばれる。

秋になって西の風が吹くと、産卵とは別の理由で蛸が壷に入り出すという。西の風は強く、その影響で海底も荒れるため、蛸は身を守るために壷に入るのだ。そして11月頃になると蛸は太平洋へ向かって南へ移動する。

季節の移り変わりとともに変化する蛸の習性を教えてくれた盛夫さんは、蛸が産卵することを「子をうつ」といい、蛸が逃げることを「いんでまう」、冬に南へ移動する蛸を「太平洋へおちる」という。方言や漁師言葉が分からず、その度に聞き直す私に笑いながらビール片手に丁寧に指南してくれる盛夫さん。いつも笑顔で補足説明をしてくれる母・まり子さん。漁の基本を教えてくれるのは、娘夫婦である代表の宏樹さんと純子さん。海とともに生きてきた言葉には力があり、一つひとつの話が鮮やかに生きている。圧倒的な言葉の力と人の力には、いつも心を動かされる。

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