情報にあふれた現代、物にあふれた一昔前
1月10日、今日は成人の日です。法改正により、今年2022年4月から成人年齢が20歳から18歳に変わります。
情報社会の現代、10代の若者の間で当たり前になっていることの一つに、ドラマや映画、アニメなど映像作品の倍速視聴があります。10秒飛ばしや1.5倍速などで話の要点だけがわかれば良いという見方ですが、これは情報収集のやり方としてはとても効率の良い方法です。けれども、これはあくまで「情報を集める」のに適した方法であり、作品を「愉しむ」ものではありません。
ともあれ、現代人は膨大な情報を効率的に取り入れているため、知識だけは豊富です。スマホ一つあればそこそこの情報は簡単に入手できるので、「知っている」ことで満足してしまいます。これは、物にあふれていた1980年〜90年代の様相と似ているような気がします。
情報は物と似ています。いくら情報(物)を集めても、それを使いこなせなければ、ただ知っている(持っている)だけで宝の持ち腐れ。また、本質を見抜けなければ、その情報(物)が良いものか粗悪品かもわかりません。ただただガラクタが増えるばかりです。
情報にしろ物にしろ、必要以上に集めてしまうのは、根底に「不安」があるから。だからあまり苦労せずに一発でバズる方法やチートになる方法、現実から目をそらすための娯楽を、あふれる情報(物)から探そうとしてしまうのです。
自分が本当に必要な情報(物)を見極めて、実際に使って、使いこなしてこそ、情報も物も生かされるのだと思います。物を満喫した年配の人も、現代の若者も、根底にあるものは変わりません。のり越える壁は同じものだと考えさせられます。
自分に必要な情報(物)を知るには、まずは自分を知ることからです。