恋人たちの要望
昔は春の初め頃の風のない日に、山を焼く風習があちこちにありました。草刈り山を育てるためや焼畑などを目的として山を焼いていたのです。山焼は初春の農村の一大行事でした。
現代は山焼の風習はほとんど見られなくなりましたが、奈良の若草山焼など伝統行事として残されている所もあります。
おもしろき 野をばな焼きそ 古草に
新草交り 生ひは生ふるがに
万葉集/東歌より
馴染み深い野を焼かないでほしい、古い草に混じって新しい草が生えてくるように。
そのまま詠めばこのような意味になりますが、これは東歌です。東歌は東北地方の和歌の総称で、特長は自然と人の生活をリアルに表していることにあります。
当時の男女は野山で逢瀬をしていました。二人で若草に寝転ぶその感触を「おもしろき」と追想し、楽しい逢瀬を山焼きで台無しにしないでほしい、というリアルな要望を詠んだ歌です。