ホタルの光はあの世を繋ぐか
六月、夜になると山奥の川辺ではホタルが飛び交う様が見られます。消えては光り、また消えてとゆっくり繰り返しながら宵闇を舞う姿は、なんともいえない幻想的な空間を生み出します。
昔の人は、そのような光景にあの世とこの世の間を見たのでしょうか。ホタルに亡き人を重ねる様が文学に残されています。
玄宗皇帝と楊貴妃のエピソードを詩にした「長恨歌(ちょうごんか)」。そこには、楊貴妃亡き後に寂しい日々を送る皇帝の様子が次のように記されています。
夕殿蛍飛思悄然 孤灯挑尽未成眠
(訳)
夕方になると宮殿には蛍が飛び交い、一人物悲しく、明かりが尽きてしまってもまだ眠れない。
二人の有名人の悲劇を綴った長恨歌は、歌が作られた唐の国で大ヒット。遠く離れた日本でも、海外の悲恋歌は大変人気となりました。流行に敏感だった才女・紫式部も、源氏物語にこの歌を引用しています。
(愛する紫の上を亡くした光源氏が悲しみにくれていたある日のこと、源氏の目の前にホタルがたくさん飛んでいました。)
蛍のいと多う飛びかふも「夕殿に蛍飛んで」と、例の、古事もかかる筋にのみ口馴れたまへり。
(訳)
ホタルがたくさん飛び交っているなかで「夕殿に蛍飛んで」と、例によって古事も、このように亡き妻を思うようなものばかり口ずさんでおられました。
ホタルの幻想的な舞いには、夢かうつつかと思わせる何かがあるようです。闇夜に明滅する小さな光は、どこかへ誘うようにも見えます。