お山を洗う
富士山麓地方では閉山の頃に降る雨を「御山洗い」と言います。夏の登山シーズンの間、多くの登山者で穢れた山を雨が浄化するというのです。
そもそも富士山は霊峰であるため、穢れをきらいます。そのため修験者は「六根清浄」と唱え続け心身を清めながら登ります。
六根とは目、鼻、耳、舌、身、意の6つの知覚を表し、六根清浄とは六根から生じる欲を捨て身を清めて登る、という意味になります。
けれども「六根清浄、六根清浄」と唱えながらの登山は大変です。登るにつれて息もきれ、「ロッコンショウジョウ」がうまく言えずに「ドッコイショ」と変化して、あの動作の合間の掛け声になったと言われています。
日本には元々山岳信仰があり、富士山は日本の象徴でもあります。人がお山を汚し、雨がお山を洗うという発想。心身を清めて登るという自然への礼節。物事や自然を人と同じまたはそれ以上の存在とみて畏れ敬う日本人の心持ちが「御山洗い」に現れ、今も息づいています。